抜歯の拷問と聖女アポロニア

拷問解説

抜歯というと、現代では歯医者における治療行為のことを意味します。この記事を読んでいる人の中にも、経験者がいることでしょう。
治療行為ではありますが、一般的にはあまり良い印象を持たれていない行為でもあります。
抜歯という言葉を聞くことも嫌だ、なんて人もいるかもしれません

そんな抜歯ですが、拷問における抜歯(Tooth Torture)は治療行為のそれよりもはるかに残酷です。
なんせ、虫歯になっていない健康な歯を無理やり抜くわけですから。

方法と最初の犠牲者

抜歯は特別な道具を必要としない拷問の1つです。ペンチ1つあれば出来ますからね。
なので、拷問としては手軽な部類に入りますが、決して楽な拷問ではないということは言うまでもないでしょう。

この拷問の本質は歯を抜くことというよりも、その際に起こる激痛にあります。
現代では単に歯を抜くだけではなく、歯の間にドリルのように挟み込み神経を直接責める器具が存在するそうですが、歯を抜くという手間を省いて直接神経を責めている点がより効率的であると言えますね。

そんな恐ろしい歯を抜くという拷問ですが、起源は古く、最初の犠牲者は3世紀のイタリアに生きた聖女アポロニア(Apollonia )だったと考えられます。

聖女アポロニアとは誰か?

いきなり抜歯の拷問を受けた最初の犠牲者はアポロニアですと言われても、歯科やキリスト教の関係者でもなければ誰のことか分からないと思います。

なので、まずはアポロニアについて簡単に説明しておきましょう。

彼女は3世紀のエジプトのアレクサンドリアで生まれました。

敬虔なキリスト教徒で、アレクサンドリアで熱心にキリスト教を宣教していたと伝えられています。

現代では世界的に普及しているキリスト教ですが、古代ローマ帝国でキリスト教が国教になったのは392年です。

アポロニアの生きていた時代では、キリスト教はまだ異教として扱われていました。

多神教と皇帝崇拝が流行していたローマ帝国にとって、唯一神のみを崇めるキリスト教は都合が悪かったらしく、国内のキリスト教徒は迫害されていました。

(中世になるとキリスト教徒が他の宗教を異教として迫害することを考えると、なんとも因果なものを感じてしまう話ですが……)

当時の皇帝は初のキリスト教徒の皇帝と言われるフィリップス・アラブス(Philippus Arabs)でしたが、積極的にキリスト教を守ろうという意思はなかったようです。

実際、アレクサンドリアで住人によるキリスト教の大規模な迫害が起こったとき、これを称賛したという記録が残っています。

思うに、この皇帝はキリスト教徒の数が増えてきたから、仕方なく自身もキリスト教を信仰することで教徒の勢力を取り込もうとしていたのではないでしょうか。

実際のところどうなのかは本人にしか分からないことですが、私にはそのように思えます。

この様に、キリスト教徒であったアポロニアは異教徒として迫害される立場でありながら、それでもキリスト教を普及しようと奮闘していました。

しかし、それがアレクサンドリアの住人たちにとって目障りだったのでしょう。

彼女は最終的に捕縛され、棄教を迫る拷問にかけられることになりました。

ここで抜歯の話が出てきます。

つまり、キリスト教を棄教させるために歯を抜く拷問が行われたということです。

この際、迫害者たちは彼女の歯をペンチで抜いたとも、顎を砕いて歯を抜けさせたとも言われています。

どちらにしろ、とてつもない苦痛を受けたことが想像されますね。

しかし、アポロニアはこの拷問を受けても信仰を捨てませんでした。

頑なに信仰を捨てない彼女に対し、とうとう迫害者たちは最後の手段に出ることになります。

アポロニアが彼らの異教の神への崇拝の言葉を唱えなかったら、生きながらにして火にくべてやると脅しました。

しかし、彼女はわずかな隙を見て素早く火の中へ飛び込み、自ら焼死を選びました

結局、彼女は最後まで信仰を捨てなかったわけです。

この逸話は後世に伝わり、彼女が受けた抜歯の拷問から、歯に関する問題を扱う守護聖人として崇拝されることになりました。

彼女の肖像は、歯を抜くペンチや鋏、歯をもつ姿で描かれるのですが、そこにはこんな理由があるわけです。

ちなみに、2月9日は聖女アポロニアの殉教記念日になっています。

歯医者に行く予定のある人は、このことを先生が知っているか聞いてみてください。

多分、知っていると思います。

アポロニアの自殺は罪なのか?

余談ですが、キリスト教では自殺は罪だとされています。

では、自ら焼死を選んだアポロニアは罪に問われてしまうのでしょうか?

この答えは聖アウグスティヌスの書いた『神の国』にありました。

彼はこの本の中で

「旧約聖書のサムソンの死(敵のペリシテ人を道連れにするために建屋の柱を倒して自らも圧死)を讃えるのと同様に、神の命により死んだ聖女アポロニアを殉教者として記念することは、神によって教会に委託されている」

という趣旨のことを言っています。

要するに、信仰を守るための自殺だから問題ないということですね。

確かに、どんな理由であれ自殺は悪いことだからアポロニアは地獄に落ちましたなんて言われたら悲惨すぎますからね。

この考えは間違ってないと私も思います。