親指つぶしとは何か――「砕く」という暴力が小型化されたとき

親指つぶし(thumbscrew)は、近世ヨーロッパを中心に用いられた拷問器具の一つとして知られています。
金属製の器具で親指を挟み込み、ねじを回すことで圧力を加える――構造自体は非常に単純なものでした。

その一方で、親指つぶしはしばしば「小型で軽度な拷問具」と誤解されがちです。
しかし実際には、この器具は指を砕くことを明確に目的とした装置であり、その背景には、長い拷問の歴史と制度的な必然性が存在していました。

親指つぶしは大型の拷問器具に比べると地味に見えますが、
裁判の現場で手軽に使用できた点から制度上は象徴的な意味を持つ器具でもありました。

本記事では、親指つぶしがどのような発想から生まれ、どのような場面で用いられ、何を象徴していたのかを、史料に基づいて整理していきます。


目次

親指つぶしの基本構造

「ねじ」で制御される圧迫

親指つぶしは、主に次のような要素で構成されていました。

  • 上下二枚の金属板
  • 圧力を調整するためのねじ
  • 指を逃がさないための枠構造

使用時には、被拷問者の親指を器具の間に差し込み、ねじを少しずつ回していきます。
力任せに締め上げる必要はありません。むしろ、徐々に圧力を高めていくことが、この装置の重要な特徴でした。

ねじを回すたびに、次に訪れる痛みが予告されます。
この「進行していく苦痛」を被拷問者自身がはっきりと意識させられる点に、親指つぶしの本質がありました。


「指を砕く」という発想は特殊だったのか

粉砕系拷問の系譜

指を砕くという行為は、一見すると異様で特殊な発想に思えるかもしれません。
しかし史料をたどると、身体の末端を破壊する拷問は、決して珍しいものではありませんでした。

古代ローマでは、奴隷や被疑者を柱や木枠に縛り付け、四肢に負荷をかける拷問が行われていたことが知られています〔注1〕。
また、中世ヨーロッパにおいても、木板や杭を用いて足や脚部を圧迫し、骨を損壊させる拷問が存在していました。

これらに共通するのは、

  • 生命に直結しにくい部位を狙うこと
  • 行動能力を奪うこと
  • 強い恐怖と屈服を引き出すこと

という目的です。

親指つぶしは、こうした粉砕系拷問の発想を、指という最小単位にまで縮小し、ねじ機構によって精密化した装置だったと考えられます。


類似する「砕く」拷問具との関係

近世ヨーロッパには、親指つぶし以外にも「砕く」ことを目的とした器具が存在しました。

その一つが、いわゆる**頭蓋骨粉砕機(skull crusher)**です。
これは象徴性や威嚇性の強い器具で、親指つぶしのように日常的な尋問で使われたとは考えにくいものの、「圧迫による粉砕」という発想自体は共通しています。

また、地域や文化は異なりますが、李氏朝鮮において用いられた**拶刑(さつけい)**も注目すべき例です。
二本の棒で足部を挟み、圧力を加えるこの尋問法は、殺さずに骨を損壊させるという点で、親指つぶしと同様の論理に基づいていました〔注2〕。

こうした事例は、「砕く」という拷問の発想が、特定の地域や時代に限られたものではなかったことを示しています。


親指つぶしはどこで使われていたのか

尋問と司法実務の中で

親指つぶしは、主に宗教裁判や世俗裁判の尋問において使用されました。
その目的は処刑ではなく、自白を引き出すことにありました。

大型の拷問具と比べると、親指つぶしは比較的軽度の拷問と見なされることもあり、尋問の初期段階で用いられることが少なくありませんでした。
これは、「より苛烈な拷問もあり得る」という前提を示す、警告的な意味合いも持っていたと考えられます。


拘束具としての親指つぶし

鎖付き器具の記録について

一部の文献には、鎖を取り付けた親指つぶしに言及する記述が見られます。
17〜18世紀の英語圏史料には thumb-screw with chain という表現が登場し、拷問と拘束、威嚇を兼ねた用途が示唆されています〔注3〕。

ただし、これが一般的な手錠の代替として広く用いられていたと断定できる証拠はありません。
現時点では、特殊な状況下で補助的に用いられた可能性がある、という慎重な理解が妥当でしょう。


親指つぶしが象徴するもの

小さな器具に凝縮された制度的暴力

親指つぶしの恐ろしさは、その外見の異様さにあるのではありません。
むしろ、苦痛が管理され、制御されている点にこそ、本質があります。

  • 少しずつ回されるねじ
  • 次の痛みを予感させる間
  • 完全に固定された指と身体

そこでは、被拷問者は主体ではなく、司法という名の下で操作される対象となります。

親指つぶしは、拷問が突発的な残虐行為ではなく、制度として組み込まれていた時代の思考を、静かに体現する器具だったのです。


参考文献・資料

〔注1〕
Michel Foucault, Discipline and Punish, Vintage Books, 1977.

〔注2〕
신동규『朝鮮時代の刑罰制度研究』ソウル大学出版部、2003年。

〔注3〕
John Andrews, The History of Great Britain, 1790.

▶中世ヨーロッパの拷問制度
https://torture.jp/medieval-torture-system/

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次