異端「カタリ派」とは何なのか?

拷問の歴史は宗教の歴史と密接に関わっています。なので、宗教の歴史を紐解くことで拷問についての知識を深めようと思います。

今回は魔女狩りの原型となった異端審問、これの原因となった組織について考えていこうと思います。その組織は、名前をカタリ派と言いました。

 

異端とは何か?

異端であるカタリ派のことを考えるためには、そもそも異端とはなんぞやということを、さらに言えば、逆に正統とは何かを知る必要があります。

まず始めに知っておかなければならないのは、正統も異端もキリスト教の中で使われる言葉だということです。キリスト教には大きく分けてカトリックとプロテスタントの2つに大きな派閥があります。さらに言えば、このカトリックというのがいわゆる正統を指します。そもそも、カトリックとは普遍的、または世界的という意味の単語ですからね。それを考えれば、カトリックこそが正統であるということがわかります。少なくとも、異端審問の行われていた中世や魔女狩りの起こった近世ではこのように考えられていました。

では、世界的教会であるところのカトリック教会はどんな教義を持っていたでしょう? これは、一言で言えばすべての人間を神の国である天国へと導くことであると表せます。人は皆天国へ行くことができる。しかし、現世で堕落した生活をしていたら天国にいけなくなってしまう。だから、我々カトリック教会が人々を指導して天国への先導者になろう。このような考えの元、カトリック教会は活動していました。これが正統です。

それでは、異端とはどんなものか? その答えは、正統な教義に反することです。注意したいのは、異端とはカトリック教会の中から生まれたものであり、異教とは別物であるということです。例えば、日本には神道という土着の信仰がありますが、これは異教です。キリスト教以外の宗教は異教で、カトリックの教えに反するキリスト教がいたんだと考えれば分かりやすいですね。つまり、これから話すカタリ派は異端なので、キリスト教の中から生まれたカトリックの教義に反する考え方を持つ集団であるということです。

 

カタリ派とは

カタリ派は、10世紀半ば頃からフランス南部とイタリア北部の境界付近で活動していた異端です。カタリ(Cathari)というのは清浄という意味で、カタリ派の名前の由来はその規律が文字通り清浄なものであるからだという説があります。具体的にどのような規律を持っていたのかを見てみましょう。

カタリ派の規律の一例

  • 肉食の禁止(魚を除く)
  • 財産の所有禁止
  • 性行為の禁止(生殖目的でなければOK)
  • ぶどう酒を除く飲酒OK
  • 酔うまで飲酒するのOK

なんとなく、あまり清浄感がない気がするのは私だけでしょうか。これらの規律の根拠は、物質世界は悪魔によって作られたものであり、精神的、非物質的なものは神によって作られた神聖なものであるという教義にあります。この物質世界には自分の肉体も含まれているので、神によって作られた神聖な魂が、悪魔によって作られた肉体の檻に閉じ込められていると考えるわけです。

物質世界での贅沢に意味はないので財産を持つことは不要。世界にこれ以上物質を作らないようにするために生殖行為を禁止し、生殖行為の結果生まれる動物の肉を不浄と考える。逆に、生殖につながらなければ性行為自体はOK。飲酒も酔うことも競技に反しないのですOK。このように考えると、規律が教義の理にかなっているということが分かります。

ちなみに、肉食の禁止で魚を除くと書いていますが、これは魚は海で勝手に発生するものです、生殖で増える生き物ではないと考えられていたからです。現代の漁師が聞いたら卒倒しそうな考えですが、当時はこの考えが正しいと思われていました。

これらの教義をすべて守っている人は完徳者(ペルフェクティ(Perfecti))とよばれていました。完徳者は死後天国に行くことができると考えられており、現地では尊敬されていました。

 

カタリ派の最期

宗教には詳しくなくても、十字軍という単語は知っている。そんな人は意外と多いのではと思っているのですが、カタリ派の最期はアルビジョワ十字軍によりもたらされました。ちなみに、アルビジョワというのはカタリ派の居た南フランスの地名であるアルビ地方からとった名前です。さらに言えば、カタリ派自身もこの地名にちなんだ名前ということでアルビ派と呼ばれることがありました。

この十字軍を指揮したのは教皇インノケンティウス3世でした。とはいえ、彼もいきなり異端を滅ぼそうとは考えず、まずは正しい道に戻るよう促しました。その役目を与えられてカタリ派の居る南フランスへ向かい、改宗を説いて回った布教師の一人が、かの有名な聖ドミニクスです。

しかし、この改宗の試みは失敗しました。それどころか、布教師が宿泊していた宿で刺殺されるという事件が起こってしまい、教皇に異端討伐を決心させる理由となりました。この十字軍による聖戦は20年続き、カタリ派は壊滅することになります。そして、異端に対するカトリックの意識の変化が、今後の異端審問や、更にその先の魔女狩りへとつながっていくこととなりました。