江戸時代の拷問とは何か── なぜ行われ、誰に用いられたのか

江戸時代の拷問は、単なる残虐行為ではなく、当時の司法実務の中で特定の役割を与えられていました。
それは感情的な報復ではなく、「事実を確定させるための手段」として位置づけられていたのです。

本記事では、江戸時代の拷問に焦点を絞り、
なぜ行われたのか/誰に対して行われたのか/どのような目的で用いられたのか/どこで実施されたのか
という観点から、その実態を整理します。


目次

なぜ江戸時代に拷問は行われたのか

江戸時代の裁判において、被疑者の自白は極めて重要な意味を持っていました。
現代のように科学的捜査や体系化された証拠主義が存在しない状況では、本人の供述が事実認定の中心となります。

この背景から、拷問は次のような理由で正当化されていました。

  • 状況証拠がそろっているにもかかわらず、被疑者が否認を続ける場合
  • 事件の全容や共犯関係を明らかにする必要がある場合
  • 裁定を下すために「最終的な確認」が求められた場合

重要なのは、拷問が無差別に用いられたわけではない点です。
『公事方御定書』(1742年)には、拷問は慎重に扱うべき手段であり、乱用を戒める趣旨の規定が見られます。

「吟味において、むやみに責めを加うべからず」
──『公事方御定書』下巻(第二編)

この記述からも、拷問が「常態」ではなく、例外的手段と認識されていたことがうかがえます。


どのような人に対して行われたのか

江戸時代の拷問は、すべての身分に等しく適用されたわけではありません。
対象となったのは、主に次のような人々でした。

  • 重罪が疑われた被疑者
  • 物証や証言が存在するにもかかわらず否認を続ける者
  • 身元や素性が不確かな者

一方で、武士階級や特定の身分については、扱いが異なる場合もありました。
たとえば町人や百姓に比べ、武士に対しては拷問の適用が抑制される、あるいは別の形での吟味が行われた例が記録に残っています。

石井良助は、江戸時代の刑事裁判について次のように述べています。

「拷問は、身分秩序を前提とした社会の中で、限定的かつ選別的に行われていた」
──石井良助『江戸時代刑事裁判の研究』(弘文堂)

拷問は「誰にでも行われる暴力」ではなく、社会的立場と疑惑の重さに応じて使い分けられていました。


拷問の目的は何だったのか

江戸時代の拷問の第一の目的は、処罰そのものではありません。
それはあくまで、自白の獲得と事実関係の確定にありました。

具体的には、

  • 犯行の有無を明確にする
  • 単独犯か共犯かを確認する
  • 事件の経緯を整理し、裁定に耐える記録を残す

といった実務的目的が中心でした。

たとえば、町奉行所で行われた吟味の記録には、
「すでに状況証拠は十分であるが、本人の申し立てが食い違うため、責めを加えた」
といった趣旨の記述が見られます(『町触集成』所収史料)。

拷問は、裁判官の判断を補強するための「確認作業」として理解されていたのです。


江戸時代に用いられた拷問の種類

江戸時代には、いくつかの拷問方法が制度的に知られていました。
ここでは、史料上確認できる名称のみを挙げます。

  • 石抱(いしだき)
  • 海老責め
  • 吊し責め
  • 笞打ち(吟味の一環として用いられる場合)

これらはいずれも、町奉行所や牢屋敷での吟味に関連して記録されています。
詳細な手法や身体的影響については、同時代史料でも簡潔な言及にとどめられており、
過度な具体化は意図的に避けられていたことが分かります。


拷問はどこで行われたのか

江戸時代の拷問は、主に公式な施設で行われました。

代表的なのは、

  • 江戸の町奉行所
  • 小伝馬町牢屋敷
  • 各地の藩が設けた牢屋・吟味所

といった場所です。

これらは公的空間であり、私的な報復や私刑とは明確に区別されていました。
拷問は「見えない場所」で行われる一方、制度の枠内に置かれていた点が特徴です。


ヨーロッパの拷問制度との簡単な比較

江戸時代の拷問は、ヨーロッパ中世・近世の司法と構造的な共通点を持ちます。
いずれも自白を重視し、裁判官の判断のもとで拷問が実施されました。

ただし、日本の場合、

  • 宗教的正当化(神の裁き)を伴わない
  • 拷問器具の象徴化や誇示が少ない
  • 公開性よりも実務性が重視される

といった違いが見られます。

江戸の拷問は、宗教や見世物性よりも、行政実務の一部として機能していたと言えるでしょう。


まとめ

江戸時代の拷問は、感情的な暴力ではなく、
自白を前提とした司法構造の中で制度的に位置づけられていました。

なぜ行われたのか。
誰に対して行われたのか。
何を目的とし、どこで実施されたのか。

これらを整理すると、拷問は当時の社会秩序を支えるための「最終的な確認手段」であったことが見えてきます。

拷問の是非を論じる前に、
まずは 「なぜそれが必要だと考えられていたのか」 を理解することが不可欠です。


出典・参考文献

  • 石井良助『江戸時代刑事裁判の研究』弘文堂
  • 『公事方御定書』
  • 石井紫郎『日本刑罰史』
  • 『町触集成』

▶自白主義という考え方
https://torture.jp/confession-based-justice/

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