猫鞭

拷問具の中で、「ムチ」ほど多様性に富んだものは他に存在しません。
これは、「ムチ」が人類の歴史に古くから登場し、長い年月の中で使われ続け、改良されてきたことを意味します。

「ムチ」は大きく分けて「鞭」と「笞」に分類され、さらにそれぞれがその性質によって細かく分類されます。
今回紹介するのは「鞭」の一種である猫鞭ですが、他の「ムチ」についても調べてみると面白いですよ。

形状

尻尾の数と材質が特徴

一般的に、何本もの縄を束ねたものに持ちやすいよう柄をつけた形状のものを猫鞭と呼びます。単純に「猫」と呼ばれることもありました。
何本もある縄の部分が猫の尻尾のようだということからこの名前が付いたのだと思われます。

この縄の部分には割れた貝殻の破片や、鋭い金属片が埋め込まれており、また縄の先端は結び目が作られてコブのようになっています。

時代が進み改良された猫鞭の中には、材質が縄ではなく革になったものもありました。
そのような猫鞭では、破片や金属片などの鋭利なものは埋め込まれず、単に先端にコブを作っただけのシンプルなものになっていたようです。

方法

叩く。ただし効率的に

猫鞭は犠牲者を叩くことで苦痛を与える拷問具です。
一見すると単純なこの拷問ですが、より効率的に拷問を行うための工夫として、いくつかの準備が必要でした。

叩くための準備として、まず犠牲者は高い柱や天井から伸びている縄に両腕を固定されます。
このとき、足が地面につかず宙吊りにさせられることもありましたが、その場合は足に重りをつけたり、地面から伸びる紐で縛るなどの方法で固定されることになります。
このようにして犠牲者が身動きできないようにした後、望み通りの結果が得られるまで背中に向かって鞭を振り下ろし続けることになります。
もちろん、拘束の前に犠牲者の背中が見えるよう、衣服をはがすことは重要だったでしょう。

ちなみに、上の画像では宙吊りにされた犠牲者の足が固定されていません。
この状態だと叩かれた衝撃で犠牲者の体が動いてしまいますから、本来なら足に重りがついていなければおかしいですね。
あまり正確な絵ではないようです。

拘束の重要性

この拷問に限らず、たいていの拷問では犠牲者を拘束します。
これは犠牲者の抵抗や逃走を防ぐためや、精神的苦痛を与えるために行われるものです。
特に、猫鞭を含めた鞭打ちによる拷問では、狙った場所に鞭を当てるためにも犠牲者を固定する拘束は必須だったと考えられます。
なぜなら、鞭の当て方が悪ければ効率よく苦痛を与えることができませんし、逆に、当たり所が悪ければ致命的なダメージを与えて死なせてしまうこともあるからです。

猫鞭はその性質上、皮膚の薄い部位に使うことが危険な拷問具です。
なので、背中のように皮膚の厚い場所を正確に叩けるように拘束することは、特に重要なことだったでしょう。

効果

叩かれる痛みは強くない

意外かもしれませんが、猫鞭で打たれても、叩かれた痛みというのはあまり強くありません。
これは猫鞭の材質と形状が原因です。

猫鞭は縄を束ねたものですから、革製の鞭と比べると軽いという特徴があります。
また、縄が数本に分かれているため、叩かれた際の衝撃は分散されてより弱いものになります。

もともと、鞭は家畜を思い通りに動かすために使われていたものですから、人間に対して使うには強力すぎるということがありました。
そのため、わざと威力を下げて拷問具として使いやすいよう改良したというわけです。

皮をはぐ拷問

では、猫鞭による拷問は大したことがないのか?もちろんそんなことはありません。
この拷問具の最大の特徴は、皮をはがすということです。

猫鞭の縄の部分には、貝殻の破片や鋭い金属片など、尖ったものが組み込まれています。
これらは鞭で叩いた際に皮膚を切り裂き、肉に食い込みます。
当然、激痛でしょう。

かなり深刻なダメージを与えそうに見える子の拷問ですが、先にも書いたようにムチそのものが軽く体の内部にダメージをあまり与えず、表面の皮膚のみを標的にしているため、見かけほど危険な拷問ではないのかもしれません。
実際、猫鞭は古代から中世、近世と、かなり長い期間にわたって様々な地域で利用されましたからね。
それは、この拷問具が犠牲者を簡単に死なせてしまうことがなかったことの証明になると思います。

余談ですが、鞭打ちが終わった後に、消毒として切り裂かれた皮膚を塩水ですすぐことがあったようです。
とんでもなく有難迷惑な話ですね。

歴史

古代ローマ

猫鞭が拷問具として使用されたと思われる最も古い記録は、古代ローマまで遡ります。
当時のローマでは、拷問は奴隷のみ対して行われるものだったので、猫鞭も奴隷に対して行われました。

当時の拷問は、他に証拠が全くなく、奴隷の証言によってのみでしか事件を解決できないとなったときに、限定的に行われたものでした。
奴隷が何かしらの粗相をした結果、主人に鞭で叩かれることはあったでしょうが、それは拷問ではないですからね。

この拷問は奴隷が証言をしようがしまいが関係なく行われました
これは、奴隷の証言は拷問によって引き出されたものしか信用されないという決まりがあったからです。
今の感覚では理解が難しい価値観ですが、当時の奴隷に対する認識がうかがえるエピソードだと思います。

ちなみに余談ですが、この拷問によって自白が得られるという価値観は、のちのキリスト教にも受け継がれているように思われます。
この時代以降、残酷な拷問具が数多く出現することになるわけですが、その過剰なまでの残酷さは、必要だったからこそ生み出されたのかもしれません。

ヨーロッパ

ヨーロッパにおいて、正確に言えばキリスト教圏において、猫鞭は最も頻繁に使われたであろう拷問具の1つです。
その理由として、異端審問でつかわれたということがあります。

異端審問では、強情に異端の思想を捨てない、または捨てていないと思われる犠牲者に対して拷問を行います。
ですが、いきなり強すぎる苦痛を与えるということはありません。
まずは尋問から始め、次に予備審問と呼ばれる、記録上は拷問として扱われない拷問を行いました。
猫鞭は、この予備審問で使われた拷問の1つです。ちなみに、他には拷問台や親指潰し器もこの段階で使われました。
尋問で自白をしない、またはできなかった犠牲者が最初に受ける拷問だったということです。

また、猫鞭はほかの拷問と併用しやすかったということから、本格的な拷問が始まった際にも同時に使用されることが多かったようです。

九尾の猫

猫鞭の中には、特別な名前を持った拷問具がいくつかあります。
その中で最も有名なのはおそらく、「九尾の猫」または「キャタナインテイルズ(Cat o’ nine tails)」と呼ばれるものでしょう。
この拷問具はイギリス海軍が正式に採用し、処罰などに利用していたことで有名です。

九尾の猫は名前の通り尻尾が9本ある長さ16インチ(40cm)ほどの猫鞭で、それぞれの尻尾には3つずつコブが作られていました。つまり27個のコブがあるわけですね。
このコブの部分は固く重いので、鞭で叩かれた際に苦痛を与える部位になります。
つまり、1度鞭で叩くと27か所を同時に叩くことができるということです。
また、皮膚を裂くような鋭利な部分は取り除かれ、本体の縄は丈夫な木製の柄に取り付けられました。

このような作られ方をした結果、一般的な猫鞭よりも叩く威力が増加した拷問具になります。
いくら処罰のためとはいえ、海軍が仲間を血まみれにしたり死なせたりするわけにはいきませんからね。
安全に苦痛を与えるための改良だと思います。

実際、 九尾の猫は殺傷能力はかなり低いようです。
記録によると、1806年に鞭打ちの刑を執行された兵士は400回の叩きに堪えて生き延びています。もっとも、彼は再度同じ刑を執行されて息絶えたとありますが。
他にも、「200回の鞭打ちならば銃弾や革の切れ端をかむことでうめき声すら上げない者がいる」だとか、「500回の鞭打ちを行い、果てるまでにはさらに700回の鞭打ちが必要」だなどという話もあるようです。
これらの数字を素直に受け取るには大きすぎますが、この拷問具で命を奪うにはかなりの回数叩かなければならなかったというのは、確かなようです。

まとめ

拷問界のロングセラー

猫鞭はただ叩くだけの拷問という、シンプルでありながらも十分に大きな苦痛を味合わせられる拷問具でした。
長い期間にわたって使われ続けたことからも、その優秀さが分かります。
現代では拷問具として使用されることはなくなった……とされていますが、これだけ長く便利に使ってきた道具を簡単に捨てることができるのだろうか? と、少し疑問に思わないでもありません。
もしかしたら、今でも人目につかない場所ではこの拷問具が必要とされている、なんてことを想像させられました。

現代では見られない

猫鞭が使われることはありませんが、鞭打ち自体は現代においても刑罰として使用されることがあります。
実際、2011年にはバングラデシュで鞭打ちを受けた少女が死亡したという話がありました。(リンク:むち打ち刑で少女死亡、「殺人」と断定 バングラデシュ

記事によると、犠牲者の少女はロープで打たれたとのことですが、これはどのタイプのムチなんでしょうか。
個人的には、地域的に笞の1種ではないかと考えていますが、だったらロープという表現はおかしいです。
情報がないので、正確なところはわかりませんね。
ただ、「 外傷はなかった 」とのことなので、猫鞭でないことだけは確かでしょう。

参考資料