拷問台とは何か――引き伸ばされる身体と、「真実」を引き出す装置

拷問台(torture rack)は、中世ヨーロッパを代表する拷問器具の一つとして知られています。
しかしその存在は、しばしば「暗黒時代の野蛮な遺物」として一括りにされがちです。

実際には、拷問台は単なる残虐装置ではありませんでした。
それは、当時の司法制度・宗教観・技術水準が結びついた結果として生まれた、制度的に正当化された装置だったのです。

本記事では、拷問台がどこで、なぜ使われ、どのような価値観のもとで受け入れられていたのかを、史料に基づいて整理していきます。


目次

拷問台の基本構造

「引き伸ばす」ことを前提とした装置

拷問台の構造は、一見すると驚くほど単純です。

  • 丈夫な木材で作られた長い台(フレーム)
  • 台の一端、または両端に設けられた木製ローラー
  • 手足を固定するための頑丈なロープ
  • ローラーを回転させるハンドルと歯止め(ラチェット)機構

被拷問者は衣服を剥がされ、仰向けに寝かされます。
両手首は頭側のローラーに、両足首は足側に縛り付けられ、執行人がハンドルを回すことで身体は徐々に引き伸ばされていきます。

ラチェット機構により、一度引き伸ばされた身体は元に戻りません。
この「少しずつ、確実に進行する」構造こそが、拷問台の本質でした。


拷問台はどこで使われていたのか

史料に残る使用地域と制度

拷問台は、漠然と「中世ヨーロッパ」で使われていたわけではありません。
史料上、その使用が比較的明確に確認できる地域が存在します。

特に顕著なのが、神聖ローマ帝国領内の都市裁判所です。
ドイツ語圏では拷問台は Streckbank(引き伸ばす台)と呼ばれ、15〜16世紀の刑事訴訟手続を記した法文書に、正式な司法器具として登場します〔注1〕。

また、スペイン異端審問においても拷問台は重要な役割を果たしました。
異端審問官ニコラウス・エイメリクスの『異端審問官の手引き』では、拷問は自白を補助する手段であり、流血や死に至る行為は避けるべきだとされています〔注2〕。
拷問台は、この条件に合致する装置として位置づけられていました。

これらの事例が示すのは、拷問台が例外的な私刑ではなく、法と宗教の枠内で運用された装置だったという事実です。


なぜ拷問台は発明されたのか

前身となる拷問と技術的転換

拷問台は、突如として生まれたものではありません。
その前段階として、身体を固定し、引き伸ばす拷問はすでに存在していました。

古代ローマでは、特に奴隷に対して、柱や木枠に縛り付けて四肢に負荷をかける拷問が行われていたことが知られています〔注3〕。
しかしこれらは人力に依存するもので、苦痛の度合いを精密に調整することは困難でした。

中世に入り、木工技術や巻き上げ装置、歯車機構が発達すると、
暴力は次第に「人の力」から「装置による制御」へと移行していきます。

拷問台は、この技術的転換の中で生まれた装置でした。
それは、苦痛を段階的かつ再現可能な形で与えるための発明だったのです〔注4〕。


なぜ「日常的な司法実務」で使われ得たのか

当時の価値観と現代との断絶

現代日本の感覚では、「司法」と「拷問」は完全に相反する概念です。
しかし中世ヨーロッパにおいて、この二つは必ずしも矛盾していませんでした。

第一に、自白は真実そのものと考えられていました。
物的証拠や科学的鑑定が乏しい時代、被告自身の言葉こそが事実を確定する最重要の要素だったのです。

法史研究者リチャード・エヴァンスは、
「拷問は真実を引き出すのではなく、真実を作り出す装置だった」と指摘しています〔注5〕。

第二に、身体は魂よりも低位に置かれる存在でした。
キリスト教的身体観において、肉体は罪深く、苦痛は魂を清める過程と理解されることがありました〔注6〕。

第三に、国家権力は抽象的な制度ではなく、
身体に直接作用する形で可視化されるものでした。

拷問台は、こうした価値観が共有された社会において、
司法実務の一部として受け入れられていたのです。


拷問台が象徴するもの

制御された残虐性

拷問台の恐ろしさは、その残虐さそのものよりも、
苦痛が管理され、制御されている点にあります。

  • 少しずつ回されるハンドル
  • 次に来る痛みを予感させる沈黙
  • 完全に拘束された身体

そこでは、被拷問者は主体ではなく、
司法という名の下で操作される「対象」となります。

この構造は、後のストラパードや車裂き、さらには近代の拘束型拷問にも受け継がれていきました。
拷問台は、単なる一つの器具ではありません。
拷問が制度として成立した時代の思考そのものを体現する存在だったのです。


参考文献・資料

〔注1〕
Richard van Dülmen, Theatre of Horror: Crime and Punishment in Early Modern Germany, Polity Press, 1990.

〔注2〕
Nicholas Eymerich, Directorium Inquisitorum(1376)
(英訳:The Manual of Inquisitors

〔注3〕
Michel Foucault, Discipline and Punish, Vintage Books, 1977.

〔注4〕
Wolfgang Schild, Folter: Geschichte eines Verbrechens, Böhlau Verlag, 2010.

〔注5〕
Richard J. Evans, Rituals of Retribution, Oxford University Press, 1996.

〔注6〕
Caroline Walker Bynum, The Resurrection of the Body in Western Christianity, Columbia University Press, 1995.

▶中世ヨーロッパの拷問制度
https://torture.jp/medieval-torture-system/

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