なぜ拷問を調べようと思うのか?

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現代において、拷問は過去の産物であり、一部の地域では未だに行われてはいるものの、ほとんどの人間にとっては無関係なものになっている……というのは、誰もが認めるところだと思います。

犯罪者にも人権が認められる時代ですからね。たとえ何かの犯罪を犯して捕まったとしても、罪を認めなければ拷問にかけられるなんてことはありません。

そんな平和(?)なこの時代に、この図書館(サイト)では拷問について調べ、情報をまとめているわけですが、何故自分はこんなことをしているんだろうと、ふと疑問に思うことがあります。

過去に行われた悪い文化を調べるというのは、瘡蓋を剥がして傷口を眺める行為に似ています。意味の有る無し以前に、少なくとも悪趣味であることは間違いありません。

 

何故、拷問を調べ始めたのか?

改めて何故自分が拷問を調べているのかを考えると、理由が思いつかないというのが正直なところです。

昔から拷問というものに興味はありましたが、何かきっかけがあってそれから興味を持ち始めたというよりは、気がついたときには既に拷問について興味を持ち調べていたというのが正確だと思います。

もちろん、実際には自分が気づいていないだけで、きっかけとなる何かしらの出来事はあったのかもしれませんけどね。

 

生まれた2つの目的

そのような訳で、最初は理由もわからず拷問を調べていた訳ですが、最近では2つほど目的が出来ました。

  1. 全ての拷問を網羅したい。
  2. 拷問についての知識を現代に活かしたい。

この2つです。

1つ目は見ての通りです。仮にも図書館を名乗るこのサイトですから、蔵書は多い方が良いという考えです。

達成出来るのがいつになるのかは分かりませんけどね。

2つ目についてですが、別に拷問をしたいだとか、復活させたいなどという意味ではありません。

拷問が行われた歴史的な背景や目的、そして拷問の効果などを調べていると、様々な思惑や狙い、知識などを得ることになりました。

これらを用いることで、例えば現在起こっている事件について独自の目線で解釈するだとか、現在の様々な情勢を判断するだとか、そういう活かし方をしたいという意味です。

なかなか、拷問の視点から物事を語る人っていないと思うんですよ。

拷問という文化は廃れつつあり、それで良いと思っていますが、この文化があったからこそ得られる思考や視点というものもあると思います。

そのような思考や視点を、実際に使うことで残したいという、随分と抽象的で大きな話ですが、そんな目的意識が芽生えています。

 

今後の拷問図書館はどうなる?

最初は理由も分からず調べていた拷問ですが、今では達成したいと思う目的が出来ました。

目的なんて言うと大層な物のように聞こえて大仰ですが、やりたいと思うことがあるからそれをやろうと言う、ただそれだけの話です。

まだまだ調べたいことも知るべきことも数多いので、しばらくは何も考えずひたすら拷問について調べ続けようと思います。

今までと変わらないですね。