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ウォーキング

16世紀、近世と呼ばれるこの時代のヨーロッパを、魔女狩りという嵐が襲いました。

多くの国に影響を及ぼしたこの現象ですが、その影響をほとんど受けなかった国がいくつかありました。

そんな国の1つにイングランドがあります。

影響をほとんど受けなかったとはいえ、全く魔女狩りが行われなかったわけではありません。

実際、他の国と比べれば少ないながらも魔女として処刑された人々が存在いました。

そんな犠牲者たちに対して行われた拷問の1つが、今回紹介するウォーキング(Walking)です。
 

眠らせない拷問

名前のとおり、ウォーキングとは犠牲者を歩かせる拷問です。

犠牲者は不衛生な牢に閉じ込められ、24時間常に歩き続けることを強要されました。

もちろん監視が付いているので、寝ようとすれば叩き起こされることになります。

歩くことで蓄積する疲労もさることながら、眠れないことで起こる意識の混濁は、執行人の誘導尋問に有利に働いたことでしょう。

実際、睡眠不足のときに頭がぼーっとして、難しいことが考えられなくなるという経験をしたことがありませんか? 私はあります。

歩き続けることで変色し、腫れる足。眠れないことで引き起こされる意識の混濁幻覚幻聴、それらに苛まれながらの尋問官による厳しい尋問

肉体的にも精神的にも、犠牲者はひどく追い詰められたことでしょう。

このように、ウォーキングは確かに厳しい拷問でした。

しかし同時に、私はこの拷問がひどくまだるっこしい方法だという印象を受けます。

実際、ウォーキングという拷問が使われたのは私が知る限りではイングランドのみで、ほかの国では鞭、刃物、火や水など、より直接的に苦痛を与えられる道具を使用した拷問が行われました。

なぜ、イングランドはこのウォーキングという拷問を使用したのでしょう?

この疑問を解決するには、まずこの拷問が行われた当時、つまり魔女狩りが行われた時代のイングランドのことを知る必要があります。

魔女狩り時代の消極的拷問

魔女狩りは、その名の通り魔女を処刑するために行われました。

魔女と呼ばれる存在が実在したのかどうかは分かりませんが、少なくとも当事者たちが魔女を撲滅するために活動していたことは確かです。

事実、16世紀のドイツで制定されたカロリナ法典によると、魔女に対する拷問や処刑は他の犯罪に対するそれより重い。

そして何より、かの悪名高い奇書、魔女に与える鉄槌が書かれたのもこの時代です。

これらの事実から、魔女という存在を当時の人間たちが意識していたことがわかります。

また、魔女という名前が付けられるだけあって、普通の人間にはない能力を持っていたとも考えられていました。

例えば、魔女は悪魔の力で苦痛を軽減することができるとか、使い魔の力を借りて牢から脱走したり、尋問官に危害を加えることができるなどです。

そのため、魔女への拷問はより大きな苦痛を与えられるように工夫されることになりました。

しかし、イングランドでは拷問が禁止されていました。

正確には記録されていない拷問があるにはあったのですが、国としては拷問を認めないという立場をとっていました。

これは、魔女に対しても例外ではありません。

このように、より大きな苦痛をもって魔女への拷問を行わなければならないのに、そもそも拷問が認められていないというジレンマが当時のイングランドにはありました。

肉体的拷問を行えないという環境と、悪魔や使い魔の力により魔女観。

この2つが合わさり考案されたのが、拷問として扱われないが苦痛の大きな拷問、つまり精神的な拷問です。

特別な器具を使わず、肉体的な苦痛を与えないこの種の拷問を、私は消極的拷問と呼んでいます。

ウォーキングは、典型的な消極的拷問だと言えるでしょう。

イングランドという環境と、魔女狩りという時代。この土壌からウォーキングという拷問を考案したのは、1人のイングランド人でした。

魔女狩り将軍、マシュー・ホプキンス

イングランドにおける魔女として処刑された被害者の数は、約1000人と言われています。

他の国と比べると決して多くない数ですが、その3分の1が1人の人間によって引き起こされたものだとなると話が変わります。

その人物こそが、魔女狩り将軍を自称し、この拷問を考案したマシュー・ホプキンスでした。

彼はイングランドの複数の街で魔女狩りを行い、そして一定の成果を上げました。

彼はビジネスとして魔女狩りを行っていたこと、そして針が引っ込む仕掛けのある針刺しの道具を使って魔女を捏造したことで有名ですが、ウォーキングという拷問の考案者であることをはあまり有名ではないようです。

イングランドのサフォークという地域で、ジョン・ローズという名の70歳の牧師が魔女の疑いをかけられ、ホプキンスによって拷問されました。

このとき、牧師は意識を失うまで昼夜を通して歩かされる、つまりウォーキングの拷問にかけられました。

その結果、彼は悪魔と契約していること、使い魔を所有していること、そして家畜に魔法を使ったことを自白しました。

彼は後に自白を撤回しようとしたようですが、それが許される時代ではありません。

結局、絞首刑に処されることになりました。

現代にも続く不眠責め

現在、私が知る限りではウォーキングを行われている国はありません。この拷問はすでに過去の産物となりました。

しかし、ウォーキングと同じ効果のある拷問、つまり不眠責めという拷問自体は今でも行われています。

最近だと、2014年12月9日に明らかになった、CIAによりテロ犯罪者に対して行われていた拷問の中に含まれていたことが記憶に新しいところです。

実際、外傷をつかず、精神を確実に削ることのできるこの拷問は便利なのでしょう。

しかも、その威力は歴史が証明している通りです。

現在では、ウォーキングよりもより効率よく、より確実に犠牲者の睡眠を奪う方法がいくつも知られています。

その全てが過去の産物となるのは、まだまだ先の話になりそうです。
 

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