タッカーの電話

ジョナサン・スウィフトの著書『ガリバー旅行記』の中で、「必要は発明の母」という言葉が出てきます。エジソンの言葉としてのほうが有名でしょうか。言葉の意味は読んで字のごとくですね。

これをもじった言葉として、「戦争は発明の母」という言葉があります。誰の言葉なのかは知りませんが、歴史を見ると確かにその通りだと感じます。身近にも、戦争のために発明された技術が多く見られますからね。インターネットとか。そして、今回紹介するタッカーの電話もそんな発明の1つです。

形状

旧マサチューセッツ州会議事堂(Old State House Museum)にて展示

タッカーの電話とは、上の画像のような拷問具です。現在は、マサチューセッツ州のボストンにある旧マサチューセッツ州会議事堂博物館にて展示されています。

この画像を見て、なぜこの拷問具に電話という名前が付いているのか分からないという人がいるかもしれません。実際、現在の電話とは似ても似つかない見た目をしています。私も初めて見たときはこの拷問具が電話と呼ばれる理由が分かりませんでした。そこで、当時使われていた種類の電話について調べたところ、以下の画像を発見しました。

見てのとおり、電話の本体の右側にハンドルがついていますね。このように、当時の電話には手回し用のハンドル、つまりクランクが付いていたんです。これを回すことで話が出来るようになるわけです。タッカーの電話は、このタイプの電話と同じようにクランクを回すことで電気を発生させました。そこが電話という名前の由来ということですね。

ただ、実はこの電話の構造についてはあまりよく詳細を知りません。おそらく、クランクを回すことで通話に必要な電気を発生させているんだと思うのですが……詳しく知っている人がいたら教えてください。ちなみに、中身はこのようになっています。機械に詳しい人なら、このような画像を見ただけで構造を理解できるのでしょうか。

 

用途

この拷問具はクランク式電話と形状が似ていると書きましたが、使い方も同じです。クランクを回すことで、あらかじめ犠牲者に着けていた2本のワイヤーに通電します。このとき、苦痛を大きくするためにワイヤーを性器に巻き付けることが多かったようです。戦時中の拷問具というだけあって、容赦がないですね。ちなみに、刑務所内ではこの拷問具が使われることを「長距離電話をかける」と言いました。隠語なのかブラックユーモアなのか、判断に迷うところです。

クランクを回すことで電気を発生させるという性質上、犠牲者に流す電流の大きさを細かく調節するということは難しかったと想像されます。実際、この拷問によって臓器への障害や、精神に異常をきたす事例があったようです。拷問としては不適ですが、それだけにこの拷問を受けることは犠牲者にとって恐怖だったことでしょう。

 

歴史

上でも書いたように、この拷問具は戦争中に発明されました。具体的には、ベトナム戦争で利用されるようになります。さらにもう1つ具体的に言うと、この拷問具が最初に登場するのは1960年代のタッカー刑務所です。タッカーの電話の「タッカー」とは、使われた刑務所の名前だったわけですね。アメリカのアーカンソー州に存在する刑務所で、戦時中は捕虜が収容されていた場所です。発明者はA.E.ロリンズ博士(Dr. A. E. Rollins)で、彼は同刑務所の医師でした。医師が患者を傷つけるような発明をするというのは疑問を感じることですが、戦時中という特殊な状況を思うと、現代の価値観で考えるべきではないのでしょう。

この拷問具の最後の使用が確認されたのは1968年です。ただ、ベトナム戦争は1975年に終わっているんですよね。単に確認されていないだけで、少なくとも戦時中はずっと使われていたんじゃないか……と邪推してしまうのは、私だけでしょうか。

ちなみに、この拷問具が登場する映画があるそうです。アメリカで制作された『Brubaker』という映画で、刑務所内での様々を題材にした映画だそうです。調べたところ、日本では上映されていないようですね。気になる作品ではありますが、見るのは難しそうです。