ネズミ拷問

ネズミ拷問(rat-torture)とは、その名のとおりネズミを使った拷問のことです。

現代の我々にとってもそうであるように、いつの時代の人間にとってもネズミというものは厄介な存在だったようです。その為なのか、拷問のような歴史の暗部では重宝されました。

実際、中国オランダをはじめとして、様々な時代や地域でネズミを使った拷問が見られますし、それぞれに特徴的な趣向が見られます。

今回は、その中でも特に特徴のあるネズミ拷問について解説します。

なぜネズミを使うのか

そもそも、ネズミを使って拷問なんてできないんじゃないか? と思う人がいるかもしれません。一見すると、小さなネズミは大して恐ろしくない存在のように感じますからね。

しかし、その認識は間違いです。

例えば、ネズミの鋭い牙は人体を容易に切り裂く立派な拷問具となりますし、意思疎通の取れない動物による責めには人間による拷問には無い独特の恐怖があります。

また、ネズミに住みつく多くの雑菌は拷問の効果を上げたでしょう。それらの菌には、傷口の悪化や病気になるなどの効果があったはずですからね。

もっとも、雑菌による効果は拷問じゃないとしない結果、つまり自白前の犠牲者の死をもたらすこともあったでしょうが。

鍋責め

数あるネズミ拷問の中で、最も古くから使用されたのはこのタイプでしょう。このタイプのネズミ拷問は、古代中国古代ローマで利用されました。

この拷問では、まず犠牲者を縛り上げるところから始まります。このとき、犠牲者は全裸、もしくは下半身の衣類を剥ぎ取られました。

一般的に、拷問を行う際に犠牲者が裸にさせられるのはよくあることです。これによって精神的苦痛を与え、自白させやすくするという目的がありますからね。

しかし、このネズミ拷問においては、もうひとつの目的がありました。その目的が何なのかは、人が入るほど大きなぎっしりとネズミが詰まった壺に、裸になった犠牲者の下半身を入れるという行程を見れば一目瞭然でしょう。つまり、ネズミが犠牲者の肉を食べやすくするためです。

ネズミに齧られるというのは十分に拷問ですが、さらにネズミたちは肛門や膣から侵入し、体内を食い進みます。

人間の体内は、固い牙を持ったネズミにとってはずいぶんと掘り進みやすいでしょうし、その際に生まれる激痛は凄まじいものだったことでしょう。

怒りネズミの箱(Angry Rat Box)

ネズミ拷問の中で、最も一般的な方法はこのタイプでしょう。17世紀オランダの指導者Diederik Sonayによって使われた方法として有名です。

この方法では、まず犠牲者の腹部が見えるように衣類を脱がせ、仰向けにして手足を縛ります。この際に、あらかじめ腹部にナイフで切れ込みを入れておくこともありました。次に、犠牲者の腹部にカゴを伏せて置き、その中にネズミを入れます。

この時点では、まだネズミは積極的に犠牲者の体に牙を建てるようなことは無かったでしょうから、せいぜいネズミの動き回るくすぐったい感触程度の刺激にしかなりません。

ですが、カゴの上に熱した炭が置かれ、熱され始めると話は変わります。

高くなっていく温度に耐えられず、ネズミは柔らかい人体に穴を掘って逃げようとします。当然、犠牲者にはとてつもない激痛だったでしょう。

また、カゴは腹部のほかに、頭部に置かれることになりました。こちらの方法は特にネズミ椅子(Rat Chair)と呼ばれ、中世ドイツで使われた方法です。場所が場所だけに、より危険度の高い拷問だといえますね。

ネズミの地下牢(Rats Dungeon)

エリザベス1が女王として君臨していた時代、ロンドン塔に入れられていた囚人たちはネズミによる拷問を受けていました。

といっても、尋問官が直接拷問していたわけではありません。イギリスでは拷問を禁止されていましたからね。偶然、結果的に拷問になってしまったと言ったほうが正確でしょう。

この時代、大抵の場合で牢屋は地下に作られていました。これは、ロンドン塔でも同じです。

ロンドン塔はテムズ川の川岸に建てられた建築物です。そのため、川から登ってきたネズミが牢屋の中に入ってしまうことがありました。

当然、牢屋の中に入っている囚人や、何らかの事件の容疑者は、ネズミの侵入に悩まされることになります。尋問で疲れ切った体で、侵入してくるネズミの相手をするのは、随分と大変だったことでしょう。

余談ですが、イギリスには犠牲者を拘束するタイプの拷問具が複数存在します。以前に紹介したプレスヤードやコウノトリのことなのですが、これらは牢屋の中でも拘束するために使われました。

それぞれがそれ単体でも人体に苦痛を与えられる拷問具ですが、これをネズミの出る牢の中で使われると……

先程、イギリスでは拷問は禁止されていたと書きました。が、このような環境に置かれていること自体が明らかに拷問ですね。

直腸スコープ(Rectal scope)

この拷問は新しいもので、現代である20世紀に行われました。

チリの元大統領であるアウグスト・ピノチェトが、自身の政権下(1973-1990)に政敵に対して直腸スコープと呼ばれる拷問を行った」という報告が、1981年にチリのCNI(National Intelligence Agency)によって記録されています。

この方法では、伸縮性が有り、ネズミが内部を通れる大きさのチューブを利用します。肛門や膣にチューブを入れ、その中をネズミが通って直接体内に入れるというのがこの拷問の目的です。

当然、体内に侵入したネズミたちは鋭い牙で犠牲者たちを大いに苦しめたでしょう。

ネズミとは関係ないですが、肛門や膣にチューブを入れるという行為そのものが犠牲者にとって拷問だったことも想像に難くありません。

今までの拷問と違い、直腸スコープはネズミを体内に入れることに特化しているという意味で斬新であると言えます。

同じ拷問が、アルゼンチンで国家再編成プロセスと呼ばれる活動の元でも行われていました。というより、時系列を考えるとむしろアルゼンチンで行われていた拷問がチリに輸入されたと言った方が正確かもしれません。こちらは、主にユダヤ人に対する拷問として利用されていました。

ズボン

インド半島にある処刑法の中には、ネズミを利用するものがあります。

足を出す部分を閉じたズボンを履かせ、中にネズミを入れるというシンプルなものですが、このズボンにはある特徴があります。というのも、鼠径部に当たる部分が大きめに作られており、スペースが作られていました。

その結果、ズボンの中のネズミたちは広い空間を求めて鼠径部に集まることになります。 集まったネズミたちがどのような行動をするかは、今までのネズミ拷問から分かりますね。

ちなみに、この方法は男性に対して利用されたそうです。

フロイトとネズミ拷問

最期に、拷問からは外れますが、心理学者フロイトの治療記録の中にあったネズミ拷問について触れておきましょう。

その記録は一人の男性についてのものです。彼は、自分の父親と婚約者の女性が「ネズミ刑」を受けるのではないか? という妄想に取りつかれていました。

ここまでで見てきた通り、ネズミ刑と言っても種類があります。ではこの男性の妄想の中に出てくるネズミ刑とはどんなものか? それは、罪人を縛り、その尻の上にねずみを押し込んだ鉢がかぶせ、ねずみが肛門を食い破りながら罪人の身体へ侵入するといったものでした。

一見すると、鍋責めをコンパクトにした形にも見えますし、怒りネズミの箱を腹部ではなく臀部で行ったもののようにも見えます。ネズミを肛門に入れるという意味では直腸スコープが最も近いように見えますが、この患者の治療が行われていたのは1907のことであり、まだ直腸スコープという拷問は歴史上に出現していません。

つまり、男性の言うような拷問は過去に誰も行っていないわけです。では、彼の言うネズミ拷問は全くの妄想なのかと言えば、実はそうではありません。なぜなら、この拷問方法とよく似た描写がある『責苦の庭』という小説が存在するからです。

この小説は、オクターヴ・ミルボーという小説化が1899 年にパリで出版したものです。これは現代で言えば官能小説のようなものらしく、その内容は肛門性愛と口唇サディズム的なものらしいです。読んだことが無いので詳しいことは分かりませんが。

察するに、この件は拷問というよりSMの範疇なように思います。なので、これ以上詳しく調べる必要はなさそうですね。