パリージャ

 

拷問とは、歴史の暗部であり、人類が未来に進むために過去に捨て去った物であり、現代を生きる我々にとっては博物館や資料の中にのみ存在するもの……だと言いたいところですが、残念ながら現実はそうではありません。

過去に発明された拷問が現在でも使われている例はいくらでも存在しますし、なにより、現代になって発明された拷問というものが存在します。

今回紹介する拷問も、現代の人間が発明し、使用していた拷問の1つです。

歴史

この拷問具の名前が最初に歴史上に現れるのは、チリでピノチェト政権時代(1973〜1990年)が日常的に行なっていた尋問の中です。

他にも、1970年代から80年代のアルゼンチン、いわゆる汚い戦争と呼ばれる軍事政権によって行われた国家テロでも、拷問のために使用されました。

使用されている地域が南アメリカに集中していることから考えるに、この大陸で発明された拷問具のようですね。

20世紀という現代に発明、使用された新しい拷問具ではありますが、今では博物館の中の存在……だと思います。

ちなみに、アルゼンチンのトゥール・スレン虐殺犯罪博物館では、当時使用されていたものや、使用されていた際の写真が展示されています。見に行ってみたいですね。

構造

この拷問では、金属製のベッドフレームのような拘束台と、電気を流すための制御ボックス、そして犠牲者の体に接触させる電極が使用されます。電気が流れやすくするために、犠牲者にオイルを塗ることもありました。

ちなみに、この拷問のことをパリージャ(Parrilla)といいますが、拷問に使う金属製のベッドフレームのこともパリージャと呼びます。これはスペイン語で、南米諸国でよく見られるグリルやバーベキュー用の網を意味します。ベッドフレームの外観が網のように見えることから、この名前が付けられたのでしょう。

もっとも、この網の上で焼かれるのは肉ではなく人でしたが。

方法

犠牲者は、まず裸にされてベッドフレームに両手足を縛られて拘束されました。次に、制御ボックスから伸びる2本の電極を体に付けられ、そして電気を流されます。

このときに流される電気の電流と電圧は、拷問を行う人間のさじ加減で好きなように調節されました。

拷問の効果を増大させるために、2つの方法が存在します。

1つは電圧を上げること。そしてもう1つは、電極を体のより敏感な部位にあてることです。

電気という拷問

人体は、神経を通る電気信号によって筋肉を収縮させて動いています。

体の外から神経に直接電気を流されると、自分の意志とは関係なく勝手に筋肉が収縮し、これを人体は痛みとして認識します。

冬場に、金属のドアノブを触って静電気が走ったという経験は誰しもがあると思いますが、あのときに静電気が流れた指先がビクッとなるのは指先の筋肉が収縮しているからです。

この拷問でも、同じ原理を利用して犠牲者に苦痛を与えます。

ただし、冬場の静電気とは異なり、この拷問では拷問官が止めない限り電気は流れ続けます。一瞬の静電気による感電ですら痛いわけですから、長時間電気を流され続けるというのは相当苦しい拷問になるでしょう。

電気により強制的に引き起こされる筋肉の収縮の力は非常に強く、拷問中に骨折する犠牲者もいたといいます。

電極という拷問

副次的な効果ですが、この拷問では電気を流すための準備そのものも精神的な苦痛になります。

まず犠牲者は裸にされて拘束されるわけですから、この時点で精神的な苦痛を受けます。犠牲者が女性ならなおのことでしょう。

そして体に電極を付けるわけですが、このとき、より敏感な部位に電気を流した方が効果的です。敏感な部位とは、つまり性器のことです。

男性であれば男性器に金属製のネットを被せ、女性であれば膣内に電極を巻き付けた金属製や木製の棒を差し込みました。そのときの精神的苦痛は、想像を絶するものだったことでしょう。

また、電極を挿入するための準備と称してレイプされた犠牲者もいました。仮に人間によるレイプが行われなかったとしても、電極を差し込むわけですから、結局はレイプを受けることになります。

このことについては、チリで実際に拷問を受けたSheila Cassidyという人物の証言があります。(Wikipediaのリンク)

歴史は繰り返されるのか

拷問を禁止しようという宣言である拷問等禁止宣言が国連によって採択されたのが1975年、拷問等禁止条約が実際に発行されたのが1987年。人間は、拷問というものをこの世から無くそうと行動しています。

この条約をはじめとして、さまざまな活動の結果、確かに拷問はこの世界から徐々に姿を消しているのでしょう。

しかし、それでは拷問はいずれ世界から消えるのか? と考えると、消えないだろうというのが私の考えです。

誰もが知っている通り、拷問は条約で禁止されていて、誤った自白を促す危険性があって、そして何より非倫理的です。が、それでも拷問は必要とされる場面があります。

今回の拷問具は、20世紀になって発明されたものです。これは拷問というものがどんな性質のもので、どんなに「」であるかが分かっているにもかかわらず、それでもなお必要とする人が存在することを意味します。

思うに、これからどれだけ拷問が不要なものであるかが力説され、禁止されようと、今後も拷問を必要とする人は必ず現れるのでしょう。それゆえ、拷問がこの世界から消えることは無いと考えます。

今回の拷問具を調べていると、そんな人間と拷問の関係のようなものが垣間見えた気がしました。