ヤギ責め

拷問の場では、道具として動物を使うことがありました。今回紹介するヤギ責め(goat torture)も、そんな動物を使う拷問の1つです。

ヤギ責めは古代ローマや中世ヨーロッパで利用された拷問です。また、同じ時期に処刑の1つとしても行われていました。

方法

この拷問では、犠牲者の足を固定するための台、塩水、そして数頭のヤギを利用します。

まず、犠牲者は靴を脱がされ裸足にされ、足の裏が見えるようにして固定されました。次に、用意された塩水を足にかけて犠牲者側の準備は完了です。

ここまでの準備が終わると、いよいよ拷問の主役、ヤギが登場します。犠牲者の前に連れてこられたヤギは、塩水で濡れた犠牲者の足の裏をなめ始めます

最初のうちは、犠牲者は単にくすぐったさだけを感じるだけでしょう。そのため、この拷問はくすぐり責めの一種だと考えられることもあるようです。しかし、くすぐったさを感じるのは最初だけだったはずです。なぜなら、ヤギの舌はヤスリのようにざらついており、なめる度に足の裏の皮膚を傷つけるからです。

犠牲者の足は皮膚が破け、血が滴り、肉が出て、最後には骨まで削れてしまいました。ヤギは血をなめるので、拷問の執行者が止めるか、血がなくなるまでこの拷問は続くことになります。止めて欲しければ、執行人の望む自白をしてヤギを引き離してもらう他ありません。

ヤギ責めと2つの疑問点

これがヤギ責めという拷問の方法ですが、調べている間に私の中で1つ、疑問が浮かんできました。というのも、ヤギが拷問に適しすぎていると言うことです。

  • 舌がヤスリのようにザラザラしている
  • 塩水をかけたり血が流れていれば勝手になめてくれる

ヤギが持つこれらの性質は、いかにも拷問に便利なものです。しかし、ヤギは拷問のために生まれた生物ではありません。なぜ、ヤギはこれらの便利な性質を持っているのでしょうか?

なぜヤギの舌はざらついているのか?

ヤギの舌はやすりのようにざらついていると書きましたが、このざらつきの正体は舌乳頭と呼ばれるものです。

実はこれ、ヤギだけが特別にもっているものではありません。身近な例だと、猫の舌がざらついているのも舌乳頭が発達しているからですし、私たち人間の舌にも舌乳頭は存在します。別に、ヤギだけが持つ特別な性質ではないということです。もっとも、人間のものはあまり発達していないので、触ってもやすりのようには感じませんけどね。

ザラザラとした舌乳頭ですが、もちろんヤギは人間を拷問するためにわざわざこんなものを生やしている訳ではありません。これは、草を食べるときに利用されます。

例えば、表面がささくれた割り箸と表面がつるつるの金属製の箸だと、割り箸のほうが簡単にモノをつかむことができます。これは、ささくれがあるおかげで割り箸のほうは摩擦が強く働くからです。

同じように、舌がザラザラしているほうが、摩擦が大きくなるので食料である草をつかみやすくなります。

なので、ヤギに限らず草食動物である牛などの舌にも発達した舌乳頭があります

焼肉で食べるタンは牛の舌だけどザラザラしていないじゃないか、と思った人もいるかもしれませんが、あれは処理されているからです。処理していない舌はザラザラしているので、牧場に行く予定があるなら確かめてみると良いですよ。

なぜヤギは塩水や血をなめるのか?

ヤギは塩が大好きです。より正確に言えば、草食動物は塩に含まれるナトリウムが大好きです。

これがなぜかを説明すると少々専門的な話になるのですが、草食動物が食べる植物に秘密があります。

植物には様々な成分が含まれていますが、そのなかにカリウムという物質があります。これ自体は生きるために必要な栄養であり、摂取することに問題はありません。が、摂り過ぎてしまうと話が変わります。これはカリウムに限った話ではありませんが、どんな栄養も取りすぎれば毒になります。カリウムの場合は、筋力の低下、不整脈、吐き気、嘔吐。しびれ、感覚障害などを起こします。

草食動物としても、自分の食生活が原因でこのような症状になるのは嫌でしょう。そこで塩の話が出てきます。

詳しいことは省略しますが、塩に含まれるナトリウムにはカリウムを減らす働きがあります。そのため、普段から植物を食べてカリウムを過剰摂取しがちな草食動物は塩をなめてバランスをとるわけです。

盛り塩が家の前に置かれるのも、中国の故事で、帝の乗った牛車の牛が塩をなめるために立ち止まるよう女性が置いたのが起源、という説があるくらいですからね。草食動物は塩が好きなわけです。

ちなみに、人間でも野菜ばかり食べているとカリウムが高くなります。食事のバランスには気をつけたいものですね。

なぜ、ヤギなのか?

ここまでの話で、疑問が2つから3つに増えました。というのも、ヤギ責めという拷問には草食動物ならどれでも使えそうな気がしてきたからです。実際、たぶん牛などでもやろうと思えばできるのではないでしょうか。舌がざらついていて塩をなめますし。

しかし、ヤギと牛を比べると、どう見てもヤギのほうが扱いやすそうですよね。大きさ的に。

そしてなにより、これは拷問です。うっかり死なせてしまうなんてのは論外ですが、うっかり必要以上に痛めつけてもいけません

牛は草食動物なので人間を食べることはありません。が、あの巨体です。何かの拍子でうっかり足でもかじろうものなら、骨が砕けても不思議ではありません。

他にも、豚などは雑食なので動けない犠牲者は下手すると食べられてしまう可能性があります。実際、古代の死刑の中には豚に食わせるというものが存在しました。処刑ならまだしも、拷問を考えたとき、勝手に体の一部を失わせてしまうのは効率が良くありません。失った部位に対して拷問はできませんからね。

そのような事情を考えて、牛ほど大きくなく、またうっかり犠牲者をかじって骨を砕いたり食べてしまったりしない、ヤギが一番この拷問に適した動物だったのではないかと思います。

レベルの高いヤギ責めという拷問

ヤギ責めについて調べていて思ったことに、この拷問はなかなか拷問としてのクオリティが高いということがあります。

まず、拷問中に誤って死なせてしまうということがありません。これは拷問にとってもっとも重要な点です。死んでしまっては拷問になりませんからね。

だというのに、犠牲者に対して与えられる苦痛はほかの拷問に劣りません。足をやすりがけされて少しずつ削られるようなものですからね。体が欠損していくという苦痛と恐怖は、自白の強要にとても役に立ったことでしょう。

しかも、執行人にとっては楽な拷問です。なんせ、働くのはヤギです。足の皮膚が破れて血が出るようになれば、あとは放っておいてもヤギが犠牲者を拷問してくれます。執行人はただ犠牲者が自白するのを待つだけで良かったわけです。

強いて欠点を上げるなら、他の拷問具よりも維持費が高いことでしょう。なんせ、この拷問具は生きていますからね。

処刑としてのヤギ責め

余談ですが、一番最初にヤギ責めは処刑としても行われたと書きました。方法は拷問のヤギ責めと同じですが、街中に設置された台に犠牲者を固定し、市民が見ている前で行われることになります。

こちらでは自白するまでではなく、罪の重さによってヤギになめさせる時間が決まったでしょう。

血が出るまでなめられるのも嫌ですが、くすぐりが弱い人にとっては、なめ初めのくすぐったさを感じる時点でも既に、単なる晒し刑よりも数段厳しい刑になっていたかもしれませんね。

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