拷問≠SM,暴力,処刑

拷問は遊びじゃない

突然、拷問は遊びじゃないんだよ! などと叫んだら危ない奴のレッテルを貼られてしまうかもしれません。ですが、あえて言います。

拷問は遊びじゃないんだよ!

急にどうしたのかと思われるかもしれませんが、これには理由があります。
以前、拷問についての話をしているときにある男が言い放ったセリフがありました。それがこれ。

「俺、本当にドSだから女を拷問するの大好きなんだよね〜」

私がイラッとさせた言葉ベスト3に見事ランクインしましたね。はい。
彼には懇切丁寧に拷問とは何か? 自分がいかに恐ろしいことを言っているのか、きっちりレクチャーしましたよ。
こんな勘違いをしている人もいるんだなと当時は思いましたが、どうやら拷問とSMや暴力は何が違うのか? ということを分っていない人は案外多いようです。そこで、具体的に何が違うのかを説明しようと思います。

拷問とは暴力の違い

拷問とは、苦痛によって相手に自白などのこちらが望む行動を取らせる行為のことです。では、苦痛を与える最も効率的な方法は何か? 答えは殴る蹴るなどの暴行、つまり暴力ですね。例えば、空き巣に入った人を捕まえたとき、何を盗んだのかを吐かせる為に暴力をふるえばそれは拷問です。日本の警察が取り調べで容疑者を殴ったり蹴ったりしないのは、それが拷問に当たり憲法違反になってしまうからですね。

暴力は拷問のための手段です。
暴力は行為そのもののことですが、拷問はそれによって成し遂げたい目的がある。これが暴力と拷問の違いです。

拷問と処刑の違い

拷問と処刑の最大の違いは、犠牲者が生きているかどうかです。

よく勘違いされることですが、拷問では絶対に犠牲者を死なせてはいけません。時代によっては、犠牲者を傷つけることすら許されない拷問もありました。もしも拷問官が犠牲者を死なせてしまったら、拷問官は重い罰を受けることになります。

これは考えてみれば当然のことで、拷問するということは犠牲者に対して自白せたいことや何らかの要求があるということですから、それらの目的が達成される前に死なれては都合が悪いわけです。だからこそ拷問は、死なないけれどものすごく苦しむものとして進化しました

拷問とSMの違い

SMと拷問の違い……これ、説明する必要ない気がするんですがどうでしょう?

確かに、SMとは暴力などの手段を使って行われる行為です。その意味では拷問と近いモノはあるかもしれません。

ですが、目的が全く違いますよね!

SMは日本語で言えば加虐被虐性愛、つまり性的嗜好とそれを満足させるために行われるプレイ内容のことを意味します。その内容が例えどんなに過激になろうとも、目的が快楽を得ることである以上、SMはプレイであり拷問にはなりません。

拷問具を使ったプレイというのはありますよ。三角木馬なんて正にその代表格ですからね。ですが、あれだって快楽を得られるように改良されていますからね。乗ったら股が裂けたでは、プレイどころではありません。逆に、乗った犠牲者に程よく刺激を与えて悦ばせるようでは拷問になりません。道具1つ見ても、似ているようで異なった目的で利用されることがわかりますね。

SMは快楽を得ること、拷問は自白などの強要、それぞれ目的が異なるのが両者の違いです。

手段が同じでも、目的が異なる

このように、SM、暴力、処刑と拷問の違いはその目的にあります。
単にその行為のみを見ていると気づきにくい違いですが、勘違いしないようにしましょう。

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