呼吸器外し殺人事件の冤罪疑惑について思うこと

ここ最近、世間では冤罪疑惑の事件が話題になっているようですね。
事件の全容、主には冤罪が本当にあったのかという所はこれから明らかになることでしょう。

私がこの事件を記事にしているということは、つまり拷問に関わる話があるということです。
少し思ったことというか、もしかしたらこれは不味いことなんじゃないかと思うことがあったので、掘り下げて考えてみます。

呼吸器外し殺人事件とはどんな事件か?

そもそも、呼吸器外し殺人事件って何? という人もいるかと思うので、簡単に内容をまとめます。
詳細な内容はいろんなサイトやニュースが流しているので、そちらを見に行くとよいでしょう。

始まりは、2003年に滋賀の病院で起きた事件でした。
入院していた患者が心肺停止状態で発見され、その後死亡が確認されました。
この事件について取り調べを受けた、当時看護助手をしていた西山美香さんが「自分が呼吸器を外した」と自白し、これが決め手となって殺人の容疑で逮捕されます。

これだけなら単なる(?)事件ですが、問題はここからです。
というのも、12年の刑期を終えて出所した西山さんから冤罪であるとの申立てがあり、それを裁判所が認めたからです。
詳細はまだ明かされていませんが、患者の死亡は自然死であり、事件など起きていなかったかもしれない可能性があるのだとか。
西山さんは取り調べの際に、担当の刑事からイスを蹴る、大声で怒鳴られるなどの尋問を受け、それらが怖かったことから嘘の自白をしてしまったということです。
もしもこの申立てが通れば、西山さんは無実でありながら無理やり自白させられて、罪を負ったということになります。

当然ながらといいますか、この事件の情報を扱うサイトやニュースでは冤罪が起こったかもしれないということや、その原因として取り調べの過酷さに注目しているようです。
西山さんが取り調べを担当した刑事に好意を抱いていたなんて話もあるみたいですが、これは関係ないことですね。

嘘の自白を強要する取り調べは拷問ではないか?

私がこの事件の話を聞いて思ったのが、今回の取り調べは拷問に当たるのではないか? ということです。

拷問等禁止条約によると、「拷問とは公務員等が情報収集等のために身体的、精神的な重い苦痛を故意に与える行為」と定義されています。(リンク:拷問等禁止条約

この定義に当てはめると、今回の尋問は、警察官という公務員が、事件をねつ造するために嘘の自白を含めた情報収集のため、威圧的な尋問という精神的な苦痛を与える行為であり、拷問であると言えそうです。

日本では、憲法第36条で拷問を絶対に禁止しています。

第三十六条

公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。

日本国憲法第36条 – Wikipedia

ということは、この事件は単に冤罪を生んだというだけではなく、憲法違反が行われたという話になるんじゃないか? と思うわけです。

一般的な自白に対する認識に疑問がある

「やったことをやっていないと嘘をつくことは考えられるが、やっていないことをやったと嘘をつくことは考えにくい」

とあるニュース番組(番組名は忘れました)より

私がこの事件について記事を書こうと思ったのは、実はとあるニュース番組で出演者が発したこの言葉が原因です。

私はこれが間違いであることを知っていますし、このサイトを見に来ている人も、やはり間違っていると思うのではないでしょうか。
歴史的に、異端審問や魔女狩りの場では思ってもいないことを無理やり自白させられたという事実があります。
拷問の結果、自分が魔女であると自白した人が何万人もいるわけですからね。
もちろん当時と現代を同じに考えることはできませんが、拷問によって人の意思は簡単に捻じ曲げられるということに変わりはありません。

自白をどのように扱うべきなのか

そもそも、日本では自白のみを理由に容疑者を犯人であると確定することはできないようになっています。証拠がなければダメということですね。
これは憲法にも記載されていることです。

第三十八条

何人も、自己に不利益な供述を強要されない。強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。

何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

日本国憲法第38条 – Wikipedia

しかし、今回の事件では自白どころか、アリバイや動機までもが取り調べの中でねつ造されたといいます。
そうなると、取り調べによって犯人を作ることができるということになってしまいます。実際、西山さんは刑を受けることになりましたからね。

もしも自分が身に覚えのない事件の容疑者になったら。
もしも過酷な取り調べ、つまり拷問を行われたら。
果たして最後まで無実であると言い続けることはできるのか?
今回の事件で、そんなことを考えました。