仕事納められる人と納められない人

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私は知らなかったのですが、昨日の12月28は仕事納めの日だったそうで、大抵の人は仕事を終わらせて年明けまで休みを満喫するらしいですね。

私は全然知らなかったんですけども、ついさっきニュースを見て知りました。

テレビを見ていなかったら、下手すると年が明けても気づかなかったかもしれません。

 

同じ日本に住んでいながら、なぜ休日のある人とない人が出てきてしまうのか。同じ人間なのに、なぜこんなにも違ってしまうのか。

などと社会の歪みに疑問を持つ純粋な感性はとうの昔に捨てましたが、自分の持っていないものを持っている人を見ると羨ましくなるなるものです。

羨ましさは拗らせると妬みになりますが、これは良くない。

良くないので、拗らせる前に発散させてすっきりしようと思います。

 

言うまでもないことですが、仕事納めだからといって日本の全国民が仕事を納められるわけではありません。

この時期にもスーツ姿で通勤電車に乗る人は大勢いますし、24時間営業のコンビニやスーパーは今日も変わらず営業しています。

しかしそのような例は少数派であり、多数派である仕事納めをした人たちは年末年始を休日として過ごします。

そんな休日を満喫している人々は大抵、今も仕事をしている人がいることを意識しません。

もちろん中には意識する人もいるでしょうが、少数派だと思います。

別にそれが悪いという話ではありません。むしろ、自分の目の届かない場所で行われている労働なんて気にしないのが当然です。

でも、これって考え方によっては恐ろしいことだとは思いませんか?

つまり、自分が当然だと思っている習慣が、他の人から見たら当然ではないことがあるということです。

仕事納めは国内の例ですが、国外にも目を向ければもっと顕著な例はいくらでもあります。

例えば牛肉や豚肉を食べることが禁止されているとか、女性は公衆の面前で肌を出してはいけないとか、車は左側の道を走らなければならない、などなど。

日本から見ればどれも普通ではないことですが、それぞれの国では当たり前の事ですし、大抵の場合で疑問を持つこともないでしょう。

 

このように、現在の環境というものに疑問を持つというのは難しいものです。特に、その環境に満足している場合はより難しくなります。

現状を当然のものとして受け入れているそこのあなた。時代が違えば、拷問を当然のように受け入れた生活をしていたかもしれませんよ。

……結局、拗らせているような気はしないでもないですが、すっきりしたのでOKです。

要するに何が言いたいのかというと、仕事納めが羨ましいってことです。はい。