トラブルが技術を進歩させる

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大きな台風が通り過ぎる中、1日を過ごして身に染みて実感したことが1つあります。
それは、台風で一番怖いのは停電だということです。
おっと、これは私にとっての話ですよ。ニュースを見ていると車が飛ばされたり家が飛ばされたりした人も多いようなので、そういう人たちにとっては停電なんて些細な問題でしょう。ただ、私にとっては、一番大きな被害が停電により被ったものだったという話です。

停電でどんな被害を受けたのかと言いますと、PCの電源が強制的に落とされました。
これは持論ですが、一般家庭が停電になって一番困るのはPCが使えなくなることだと思っています。他にも影響を受けるものはありますが、そちらは対策できますから。
PCで作業しているときに停電になると、たとえそれが一瞬でも、シャットダウンしてしまいます。すると、やっていた作業は全部おじゃんですよ。正直、かなり精神にくるものがあります。
今どきは停電してもしばらくはPCが使い続けられる予備電源のようなものもあるようですが、うちにはありません。買うべきか、本気で悩みましたよ。

悪いことは続けて起こるものだと言いますが、電気が復旧したら次はネットが使えなくなりました。調べてみたところ、通信会社の方でトラブルがあったらしく、広い範囲でネットが使えなくなったとのことでした。致命的ですね。
昔は、台風と言えばもっと違うことが問題でした。それこそ、車が飛んだり、家が壊されたりなどですね。しかし、現在ではそれらの他に、電気やネットが使えなくなるという問題が新たに生まれました。
1つの問題が解決すると、それに隠れていた別の問題が見えるようになるというのは良くある話ですが、これもその1つですね。技術の向上が新たな問題を生み出した例だといえるでしょう。
……もっとも、ネットがつながらないことについては単にPC使うのを止めれば良いだけなんですけどね(笑)

思うに、このようなことは台風以外でも、いろんな場面で起こっていることだと思います。
であれば、同じことが拷問でも起こるのではないか? と、ふと思いつきました。何でも拷問に結びつけて考えてしまう癖がついてしまっていますね。これも一種の職業病なんでしょうか。

そこで1つ思い出したのが、精神的拷問というものについてです。
元々、拷問とは肉体的苦痛を与えることで自白を促すものでした。人間を物理的に破壊するための工夫にあふれた拷問具は、その役目を十分に果たしたことでしょう。
しかし、時代が進むにつれて、肉体的拷問は廃れていきます。そしてその代わりに台頭してくるのが、精神的拷問です。
もちろん、肉体的拷問が全く使われなくなったというわけではありません。現に、中東のイスラム国では捕虜となった海外のジャーナリストが拷問されましたが、そこでは電気を使った拷問も、暴力による拷問も行われました。しかし、このような拷問は現代では時代遅れと言わざるを得ないでしょう。
確かに、肉体的拷問によっても自白を促すことは出来ます。しかしここで注目すべきなのは、得られる自白が嘘だという可能性があるということです。先ほどの例で言えば、海外のジャーナリストは拷問によって自分がスパイであることを自白したそうです。もちろん、嘘の自白ですよ。
テロリストにとってはその自白に価値があるのかもしれませんが、拷問を行う人間が正しい情報を得たいと思っているなら、こんな嘘の自白を招くような拷問は無駄でしかありません。

かつて、拷問とは異端審問や魔女狩りで主に利用された技術でした。これらの共通点は、嘘であれ何であれ、拷問された犠牲者が自白をすることに意味があったということです。そのため、肉体的拷問という嘘の自白を招くような技術が通用しました。
しかし現代において、拷問とは犠牲者から正確な情報を絞り出すためのものです。拷問から逃れたいがために嘘を吐かれた……なんてことがあっては、拷問の意味がありません。
そんな状況を打破するためには、肉体的拷問は力不足でした。
そこで、より確実に正確な情報を得られる方法として、精神的拷問が発達していったわけです。

なんだか話がまとまりませんでした。
何が言いたかったのかというと、人間の技術というものは、何らかの壁にぶつかりそれを乗り越えることで、進歩し続けているということです。
拷問ですらそうなのですから、ほかの技術でも同じことです。我々も、日々進歩し続けたいものですね。